タンブラー面白いですよね。
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―被災地の自衛官に取材されてどんなことを感じましたか?

なんだろうか、きめ細かい心遣いというか。これはあまり報道されてないんですが、ガレキの中で救助するじゃないですか。一日中、朝から日が暮れるまで活動していて、不思議に思ったことがあったんです。それはトイレです。辺り一面がガレキで埋め尽くされているわけじゃないですか。

「その辺の木陰で用を足せばいいのかな?」とも思うけど、それだって元は誰かの家だったから、そんなところで用は足せませんよ。で、「どうするんですか?」って聞いたら、「トラックの中で、段ボールの内側にビニールを引いて、それで用を足して持って基地まで持って帰るんだ」と。それはすごいと思いました。寒い盛りにそこまでするわけですから、本当に被災者に気を遣っているんですよ。

3月の寒い中、一ヶ月間ろくに風呂も入らないで着のみ着のままで働いてるんですよ。本当にそこは頭が下がりますね。
 ライブドアの今回のツールのリリースで秀逸だと思ったのが、常連ユーザーを把握できること。ソーシャルメディア時代において企業や店舗にとって最も重要な顧客対応は、①ロイヤルカスタマーの把握②ロイヤルカスタマーが発信したくなるような情報やツールの提供、の2つ。消費者は今後ますます企業からの直接的なメッセージや広告を信じなくなると言われている。友人の言葉しか信じなくなるわけだ。そんな中で企業に代わって情報を発信してくれるロイヤルカスタマーを大事にし、ロイヤルカスタマーが発信したくなるような情報や情報発信のツールを提供していくことが重要になっていくのだと思う。

富士山に設置された「傾斜計」が、不気味なデータを示している。傾斜計とは、独立法人防災科学研究所が火山の動きを観測する目的で設置しているもの。山頂を取り巻く7ヶ所のポイントの地下200メートルに観測機が設置されており、日々、山の“歪(ひず)み”を計測している。

 このうちのひとつ、富士山北西斜面の標高約2090m地点、富士スバルライン5合目終点の手前約2kmの山側の林にある富士第5観測所(FJ5)の傾斜計が、3月11日の震災以降乱れ始め、6月末にはいったん収まったものの、再び8月後半から大きく揺れ始めているのだ。具体的にいうと、この地点だけ「北方向に隆起」しだした。

「3・11地震と同じ海底震源域で起きた『貞観(じょうがん)大地震(869年、震源は宮城県沖から福島県沖、推定M8.3以上)』では、その 3~5年前にかけて富士山が火を噴いています。その点から考えても、富士山で噴火が再発する危険性は確実に高まっているといえるでしょう。やはり、3・ 11地震の直後に富士山直下型地震が連動発生した事実は重いのです。ひと言でいえば、3月11日から現在にかけて本州の広域で起きてきた地震のほとんどは、富士山体下の強大なマグマ流動と関わりがあります。おそらく平成富士山大噴火も、3・11地震と拮抗(きっこう)するような、かつてない巨大規模のエネルギー解放になるでしょう」

catsbeaversandducks:

Z-M Kitteh Weapon LR-300-SR, semi-automatic rifle, late production version (circa 2006). Very cute and very powerful. 
Photo via Love Meow - for Ultimate Cat Lovers

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Photo via Love Meow - for Ultimate Cat Lovers

(via iyoda)


誰でもすべての行動のウラには承認されたいという欲求が潜んでいると断言してもまず間違いないと考えます。 匿名で献金したりする人がいます。これは他人には承認されない行為ですが、自分で自分を最大限承認できることが、一番のごほうびなのでしょう。 しかし、いっときなら自己承認だけでやっていけるかもしれませんが、自己承認だけでいつまでも続けられるとは到底思えません。たとえば、ボランティアという行為に対して、なんのねぎらいの言葉ももらえないとしたらどうなるでしょうか。おそらくよほどできた人であってもめげてしまうはずです。 人間は承認が空気か水ほどに必要な生き物なのです。 辛らつな批判は承認とは全く逆の行為です。少なくとも特定の個人に対しては、この点を十分考慮して辛らつな批判はさけるべきです。人間は承認なくして生きていけない代物ですから、我々は承認を渇望している他人に寛容であるべきなのです。 私個人を辛らつに批判したり、罵倒した相手に対しては、私は極力円満に対応します。ですからその場は何事もなく終わります。しかし後々まで友だち付き合いしようとは思いません。辛らつな言葉を吐いた時点で私との関係は実質終わるのです。

私が中学生だったころ、誰か とつきあっている女の子は、ときどき自転車に乗らずに学校に来ていた。男の子の自転車の後ろに乗せてもらって帰るためだ。彼女たちは少しはずかしそうに、 でもどこか誇らしげに、幼い「彼氏」の肩に手をかけて河川敷を走っていった。ときどきどちらかが何か言い、ふたりで笑っていた。何を話しているのかな、と 私は思った。とってもうれしそうだ。私もいつかああいうことをするのかしら。

十九になったとき、仲の良かった男の子が川の近くに住んでいた。私は彼に訊いた。自転車もってる、あのね、自転車の後ろに乗せてほしいの、そ ういうのやってみたかったの。

彼は親切な男の子だったので、もちろんそうしてくれた。春の終わりの晴れた日の、風の弱いきれいな昼下がりに。でもそれはただの二人乗りだっ た。その日はただの春の日で、私たちがしたことはただのデートだった。

私はありがとうと言った。私はかなしかった。私はもうすぐ成人で、男の子の自転車の後ろに乗ることが特別であるような年齢ではなかった。その ことがよくわかってしまった。自転車の後ろに乗って河川敷を走るのは、十五歳までに済ませておくべきだった。その行為はその年齢においてのみ、恋のアイコ ンとして機能する。十九になってしまったら、もうそれを手に入れることはできない。

それから更に十数年が過ぎて、私のアイコンはさらに少なくなった。時間が過ぎてゆくごとに、いろいろなことが当たり前になってしまう。同じ行 為をなぞってみても、かつてそこにあったはずの特別さはきれいに失われている。

最初にアルバイトをしたときには、タイムカードさえ特別だった。それは自分が誰かの役に立つことができ、それによってお金を稼ぐことができる ことを示す、たのもしい記号だった。私は誇らしくそれを押した。がちゃんと音がしたことをよく覚えている。いい音だった。私はもうあんなふうに働くことは できない。

私はすべての特別さを消費してしまったのだろうか、と思う。すべてのあこがれを、すべての熱を、世界とじかにつながるための神聖な儀式を。

そんなはずはない。私はまだそんなに長く生きていない。私はこれから、三十二歳のうちにしておくべきこと、三十五歳までにしておくべきこと、 四十歳になったらするべきことを探さなくちゃいけない。そのときだけ特別に感じられることは、この先にもきっとあるはずなのだ。

伝説の全裸記者会見です。卓球と滝が局部に透明なプラスチックコップを装着し、
会見会場に登場しました。それを全く気に留めず淡々とまじめに僕が質疑応答に答えるという、
シュールな状況だったわけです。

しかしこれはあまりシリアスになりすぎないよう、ネガティブな案件を電気グルーヴらしく
受け止めてもらえるよう、あらかじめ決まっていた事でした。

はちゃめちゃやってる卓球と瀧を横目に「もうこんなやつらとはやってられません」
と僕が発言して記者会見終わりという流れだったんです。

考えようによってはああいう場面でも電気グルーヴらしさを貫く卓球、瀧の方が、
僕なんかよりよっぽどマジメで社会人としてちゃんとしてた、とも言えます。
松屋で朝定食べてたら、A「なんかauからアイフォン出るらしいよ」B「まじで?アンドロイドauマジですげーな」A「な、アンドロイド版アイフォンとか超楽しみだし」とかいうまさに昨日危惧したばかりの会話が聞こえてきて笑いこらえるのが大変だった

さらば愛しの
我が電子レンジ!

13年間お疲れ様!


俺と共に東京に出てきた13年前。

初めての経堂での一人暮らし。

Iwataniというよく分からない出身のお前は、一人きりで東京に出てきた俺の支えだった。
人生初の専用家電にワクワクした。

金もなく学校帰りにスーパーで安くなったおかずを、容器が歪むまで暖めてくれたな。
冷凍しておいたご飯や、母が送ってくれたおかずも食器が持てないくらいアツアツにしてくれた。

俺は好きだぜ。その情熱。

妹と二人暮らしを埼玉の志木で始めた時、まだまだお前は現役だった。

1ルームだった東京の家から、ちゃんとしたダイニングキッチンのある部屋になって
一人暮らしサイズのお前にはちょっと寂しかったかな。

妹の暖めたものがずっと入りっぱなしだったり、扉開けっ放しだったり・・・
迷惑かけたな。すまん。

そんな妹も今では一児の母になったんだぜ。
時間が経つのって早いよな。


そしてまた1ルームの部屋。中板橋。
この時期はお前が一番輝いてた。

古い機種にしてトースト機能を兼ね備えていたお前には、本当にお世話になったよ。
毎日毎日変わり映えのしない、食パンにマヨネーズ塗ったやつばっかりでごめんな。
でも、トーストするだけでだいぶ違うんだ。
たまにハムなんかのせた時は、お前はりきっちゃってさ。
ミミ真っ黒になったりしたよな!

おかげで俺は辛い時期を乗り越えられた。
今では笑い話にしてるよ。


次にきたのが今の町。大山。

時代の移り変わりで、低価格でもボリュームのある弁当が増えた。
サイズが全然合わなくて、回転式のお前は必死になって回そうとしてたよな。
それでも俺は無理を強いた。

そしていつしかお前は、暖めるのをやめた。
スイッチを押してもライトがついてターンテーブルが回るだけになった。

俺の無理から開放されたように、お前は無音で回り続けた。

スポットライトが当たったバレリーナのように・・・

お前はただひたすら回り続けた。

13年は長い。

俺が東京に出てきた時に生まれた子供は、もう中学1年生になる。
そんな長い間、俺と共に歩んできた電子レンジ。

明日は頼んでおいた、区の粗大ゴミ回収日だ。

今まで本当にありがとう。

13年、いろんな俺を見てきたろうな。

どうだ?俺は変わったか?

大人になったかな?

これでいいのかな?


わかんねーか

わかんねーよな

お前は全く変わってねーよ。
変わらず、俺を支えてくれたよ。

変わることが全てじゃない。
変わらず自分であり続けること。


今まで本当にありがとう

Mixi / dragon3000
2011-09-09 (via pinto)

こういう気持ちって大好きだ

(via papalove-mamily-tenjiku)

(via otsune)