タンブラー面白いですよね。
twitter アカウントはこちら。
http://www.twitter.com/hal_sk/
「世界が平和でありますように」という祈りの言葉が善意からのものであることに私は何の疑念も抱かない。「法廷速度を守りましょう」でも、「明るい家庭を作りましょう」でも、どのようなものでもいい。それらの主張が「正しい」ことを私は心から認める。しかし、それを繰り返し呼号し、看板にして街角に立て、新聞広告に掲げ、テレビCMで流すことで、何か世界に「善きもの」が作り出されるだろうという見通しには同意できない。
 それはメッセージそのものに意味がないからではなく、その「差し出され方」が間違っているからである。
 そのメッセージは誰にも向けられていない。
 誰からの反論も予期しないで語られるメッセージというのは、要するに誰にも向けられていないメッセージである。「百パーセント正しいメッセージ」はしばしば「どこにも聞き手のいないメッセージ」である。
 だから、私は「メッセージを発信する」という行為において、最優先に配慮すべきことは、そのメッセージが「正しい」ことではなく、「聞き手に届く」ことだと思う。
— 内田樹『子どもは判ってくれない 』,2003,P.5-6 (via snowlight) (via yuco) (via ttrace) (via vmconverter)